監視者の船

「彼らはあれに乗ってるの」
 彼女が指差した先に、一等星と同じぐらいの明るい輝きが紫紺の空を北から南へ動いていた。
 三ヶ月前に彼女が倒れた理由は知らない。下校途中の道路で見つかったのだけど、外傷はなかったそうだ。しばらく意識不明になり、後遺症もあったのだと聞いた。
 一ヶ月前に学校に来るようになったのだけど、倒れる前とは変わってしまった。突然眠ってしまい、三十分ぐらいは何をしても起きない、ということもあるのだけど、なんというか、おかしなことを言うようになってしまったのだ。
 彼女が言っていることをまとめると、彼女は実は〈監視者〉なのだそうだ。地球上空を周回する〈船〉に乗る、彼女のような〈監視者〉が何人もいるのだとか。どうして彼女が〈監視者〉なのか、なぜ、なにを監視しているかは教えてくれなかった。
 意識不明の間、彼女は〈船〉に乗っていたのだ、と言っている。幽体離脱でもしたの? と尋ねたら、よくわからないと答えた。この話をするときの彼女は淡々としていて真剣さは感じられないのだけれど、私は疑惑の言葉を口にすることができなかった。というわけで、彼女が〈監視者〉の話をするとき、私は相槌を打ったり、間を持たせるかのように質問したり、という状態。
 どうして彼女の話にあわせているのか、自分でもよくわからない。通学路でも倒れかねない彼女を心配した彼女の母親に世話を頼まれているからだけではないと思う。
 〈監視者〉が乗るという人工衛星を見上げていた私の目は、不意に現れた強い光に晒されて何も見えなくなってしまった。
 気がつくと、私は道路にへたりこんでしまっていた。なんとか薄闇に目を馴らして彼女を探すと案の定倒れて意識を失っていた。傍目では幸せそうに眠っているようにしか見えないが。

 そして彼女はまた長い間眠ったままになってしまった。またいつものように三十分ほどで目を覚ますかと思っていたのに。
 三ヶ月もすれば学校に復帰するかと思っていたら、一ヶ月もしないうちに彼女の一家がどこかに引っ越してしまった。幼稚園のころから家族ぐるみで仲良くしている私たちにも何も言わず。
 ほぼ同じ時期に地元の病院から彼女自身もどこかに転院していた。いろんなつてを使っても、どこに転院したかはわからなかった。あれから一年半たったけど、彼女は行方不明のままだ。
「ロシアの宇宙ステーション、ミールは、日本時間の午後二時四十五分頃、太平洋の赤道上空で大気圏に再突入しました。破片は南太平洋に散乱して落下したと見られます」
 つけっぱなしにしたテレビが、ミールの落下について報じている。
 あの日、彼女が指差した輝きがミールのものであることなんて、インターネットを使えば造作もなかった。
 彼女が何を思ってミールを「〈監視者〉の〈船〉」と呼んだのかは今となってはわからない。彼女の妄想なのか、勘違いなのか。あるいは真実の一端を示しているのか。


お題もの書き2004年10月テーマ企画「月(衛星)」参加作品(2004/10/13)

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